宮崎正弘の国際ニュース・早読みの連載第3弾

メルマガ、宮崎正弘の国際ニュース・早読みより転載。

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【短期連載】(3) 「正定事件」の検証─カトリック宣教師殺害の真実

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【短期連載】「正定事件」の検証─カトリック宣教師殺害の真実(3)

これまでの話: 今から80年前、中国の正定という町で起きたヨーロッパ人宣教師の拉致殺害事件、いわゆる「正定事件」があった。事件は日本軍が町を占領したその夜に起きた。そして当時、犯人も動機も不明なまま未解決となったのだが、現在、200人の婦女子を日本軍の魔手から守ろうと宣教師たちが身代わりとなって処刑された英雄譚となってヨーロッパや中国で流布されている。そればかりでなく「福者」という、カトリックの称号を得るための審査がバチカンで進行している。

 創作された英雄譚に利用された、日本軍将校の手紙による「身代わり」殉教の根拠付けはいい加減なものであった。彼は支那共産匪の犯行であると結論付けした事件の処理担当者なのだから。当時の記録や報告、正定を占領した部隊の動きをよく調べもせずに、簡単に一方的な主張を受け入れ、勝手に代表して謝罪してしまう日本人がいた。これにより、日本側も(当然調べた上で)現在の説に同意したものと見なされているのである。

 今回は犯罪が起きた2日間について、当日における日本軍の動きを含め簡単に述べる。現在の通説では不明だった動機が先に来ているので、不都合な事実は無視されている。これは犯罪の分析でしてはならない過ちであると私は考える。では、史料を元に事件を概観しよう。

▼事件当日の日本軍の動き

 事件の概要を述べる前に、容疑をかけられている日本軍部隊の大まかな動きを知っていただこうと思う。これを念頭に置いて事件を眺めてもらうと、特殊な戦場の実態が浮かび上がってくる。

 1937(昭和12)年10月8日に始まった正定城の攻防戦は、翌日の城内掃蕩をもって終わり、正定(せいてい)と石家荘(せっかそう)の間を流れる滹沱河(こだがわ)を挟んで日中両軍は対峙した。事件が発生した9日夜は、翌10日に予定されていた渡河作戦のために第6師団は徹夜で準備に追われていた。

 歩兵戦闘部隊のほとんどは正定の城壁外に、各級司令部は主に南門や東門の城壁上に位置し、大隊規模の砲兵部隊が数個、城内に入って攻撃の準備に取りかかった。対岸の中国軍に対する攻撃は予定通り10日の昼過ぎから行なわれ、この日のうちにすべての師団が中国軍第一戦区の滹沱河防衛線を突破して交通の要衝である石家荘を占領した。

▼拉致殺害事件の概要

 正定(当時の人口は約2万人)のカトリック宣教会は城内に広大な敷地を有し、中には塀と門で仕切られた4つの修道院、病院、学校、工房などの施設があり、家畜も飼っていた。住人は約千人もおり、正定という町の中にまた別の町が存在するかのような体であった。

2週間前に日本軍が攻略した保定や近隣の地域から正定のカトリック・プロテスタント両宣教会に約1千から2千人の避難民が殺到していたが、正定城が8日夜に包囲され、9日午前まで続いた市街戦・掃蕩戦の結果、避難民に加えて中国軍の敗残兵が多く宣教会になだれ込んだ。史料では壁を乗り越え、隣家の屋根を伝ってくるなどの必死な様子が伝えられている。

すぐに略奪が始まった。学校や工房、男子修道院から金目のものや食糧が奪われ、破壊も行なわれた。その際、日本軍に通報しようとしたと思われる工房の職工長が略奪者たちに射殺されている。トラピスト会士で当時宣教会に避難していた老齢のアルベリック神父(ヨーロッパ人唯一人の生存者)は、昼頃略奪者の襲撃を受けた。証言によれば満人、モンゴル人、または朝鮮人のような風体の犯人であったといい、北京のフランス大使館では最初の通報があった段階からこの情報を掴んでいた(ただし、日本軍に属する者たちと誤認してだが)。

この外国権益の領域に日本軍は何度か立ち入っている。部隊指揮官、または参謀クラスの訪問・視察、そして賊が壊した門戸の修復のためである。病院では軍医の派遣と医療品の提供が約束された。この日断続的に行なわれたという略奪と破壊の現場に彼らが直接出くわすことはなかった。

 日が落ちた午後6時頃、南の通りに面する正門に10人ほどの武装した賊が現れた。軍服を着て武装はバラバラ、なかには民間人用の帽子をかぶった者までいるという怪しい集団が門番修道士を脅して宣教会に侵入。まずは中国人の尼僧院に立ち入った。この後、彼らは避難所やほかの修道院でさまざまな略奪行為を働くのだが、ここでは何もせず出て来るのである。これは大変重要なことである。

 1時間ほどして賊は食堂に現れた。食事中のシュラーフェン司教ほか、ヨーロッパ人8人は、中国人神父たちの目の前で拘束され連れ去られた。1人の中国人神父が途中までこれに帯同した(不思議なことに彼は逃げ出すことができたという)。司教は彼らに要求は何かと尋ねたが答えはなかった。これも大変重要なことである。

 その後、賊は司教たちを連行する組と、金庫を捜索する組、ヨーロッパ人修道女がいる尼僧院に向かう組に分かれ、それぞれ中国人神父を案内役としている。尼僧院では対応した修道女を賊が脅してしまったため、その門戸は開かれることがなかった。ここでも拉致はおろか略奪もなかったのである。そしてこれは、司教たちが連れ去られたあとに、司教たちから離れた場所で起きた。極めて重要な事実である。

 賊はわざわざ中国人神父たちに目当てはヨーロッパ人であると告げている。そして会話はすべて流暢な中国語(熱河訛)で話されたという。司教たちが連れ去られた宣教会内の略奪は翌日も続いたが、夜には前日の賊がまたやって来て中国人神父と接触している。彼らはヨーロッパ人神父たちの部屋を略奪・破壊して去り、二度と戻ってこなかった。

 1か月後、突然、隣の天寧寺から拉致された司教たちの所持品や衣服の一部、骨や歯などが発見された。それで宣教会も現地警察も日本軍も拉致被害者は全員死亡したものと見なした。

▼犯人は不明、動機も不明 

 女性目的の犯行という説を最初に打ち出したのは、プロテスタント宣教会のヒル牧師であるが、事件はカトリック宣教会で起こったことだから、当然彼は現場にいなかったし、前述の通り、犯人たちの行動にもヒル牧師の説の裏付けとなる要素は何もないのである。

 ゆえにこのことは当時、関係国およびカトリック宣教会ではまったく取り上げられなかった。金銭目的のようでありながら、身代金要求もなく、司教たちの所持品はほぼ手つかずのまま埋められていた。日本軍の占領下に入ったばかりの正定で、第三国人の殺人をする必要性があったのは誰だったのか? 共産主義者犯行説はこの疑問に答えるかたちで登場するのである。

(次回に続く)

宮崎正弘の国際ニュース・早読み <<中国主導「グアダル港」(パキスタン)の全容が判明 (2017年12月18日発行) | 宮崎正弘の国際ニュース・早読み - メルマ!

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正定事件の真実

1937年(昭和12年)10月に中華民国河北省正定で発生した、ヨーロッパ人宣教師拉致殺害事件の真相を究明するサイトです。写真はシュラーフェン財団ホームページより引用。

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