宮崎正弘の国際ニュース・早読みの連載第4弾

メルマガ、宮崎正弘の国際ニュース・早読みより転載。

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 【短期連載】「正定事件」の検証─カトリック宣教師殺害の真実(4) 

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【短期連載】(4)「正定事件」の検証─カトリック宣教師殺害の真実

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 『「正定事件」の検証』の見本が版元から送られてきました。本書は私の著作になっていますが、藤岡先生が書かれたように、これはチームの成果です。企画のスタートから2年で形にできたことを大変うれしく思います。

 最終回は、正定事件後の動きについて少し紹介し、当時の事件に対する見方をいくつか見ていくことにしましょう。最後は拙著の内容と読者に対する訴えを述べたいと思います。

▼遺留品発見までの動き

 事件が北京に伝えられたのは半月も経ってのことであった。宣教師の出身国在外公館から通報を受けた日本大使館では、正体不明の匪賊(ひぞく)による拉致事件として救出依頼を受けた。しかし現地で実際に動ける軍(北支那方面軍)がいまだ支配が行き届かない点(都市)と線(鉄道)から離れた奥地に捜索部隊を派出する余裕がないので、カトリック宣教会が直接人を送って犯行グループと身代金等の折衝をさせようとしていた。

 ところが軍の方では、治安が安定しない地域に第三国人が立ち入ることで余計な面倒が増えることを危惧して移動を制限したので、捜索は現地中国警察と正定にいた日本軍部隊によって行なわれた。日本軍憲兵隊の聞き取り調査も行なわれたが、まったく手がかりを掴むことができなかった。正定のカトリック宣教会を保護する立場にあるフランスは、たびたび救出を催促し、ついに現地軍も教会との合同調査を許可した。折よく日本からは反共使節として田口芳五郎神父(当時、日本カトリック新聞社社長)が来ており、事件担当を命じられた報道部の横山彦眞少佐、ド・ヴィエンヌ天津司教に同行した。

 事件から1か月して突然、重要な手がかりが発見された。それも宣教会の目と鼻の先の仏教寺院、天寧寺からであった。拉致されたヨーロッパ人の所持品や着装品、さらには骨や特徴ある金歯までが土中から発掘された。金目の物を漁りに来た近所の中国人から宣教会の使用人たちが奪い返してきたものを検証した結果、それらは拉致被害者の物と断定された。行方知れずのシュラーフェン司教以下9人は全員死亡したものと思われた。そして横山少佐ら調査団が正定に到着した11月17日には拉致事件は殺害事件に変わっていたのである。

▼まったく収斂されない事件に対する見方

 この時の状況を整理すると、現地では大きく分けて2つの見方が存在していたことが確認できる。最初の北京に通報があった時点で、犯人と目される満人、朝鮮人、モンゴル人の武装集団は「日本軍」の軍服を着ていたので日本軍に所属するか、もしくは関係しているという噂があったが、これを支持する見方と、憲兵隊が出した報告書のように「支那敗残兵」が犯罪をしたうえで遁走したという見方である。第一の見方の派生系として、連れ去られた被害者9人が何らかの罪状で日本軍に処刑されたという噂もある。拉致殺害については、「日本軍犯行説」は当時から日本人以外にとって有力な考え方であり、外交文書には随所にその痕跡が残っている。

 しかし、結局、最後まで日本・フランス・カトリック宣教会の事件当事者は、さまざまな噂や憶測を覆すだけの決定的な物証や証言を得ることができなかった。たとえば、在北京フランス大使館のラコスト書記官は推測として、略奪の罪が軍上層部に伝わることを恐れた日本兵がヨーロッパ人を処刑したとする説を上海にいる大使に報告をしているが、ヨーロッパ人と中国人神父を選別して目撃者を多数現場に残した不可解な謎に答えていない。戦中・戦後もフランス外交の第一線で活躍し続けた優秀なラコスト書記官ですら、この程度の推測しかひねり出すことができなかった。

 ド・ヴィエンヌ司教は、横山少佐が口頭で日本軍による犯行と責任を認めたと大使館に報告したが、その後の軍と教会が取り交わした示談協定ではまったくそのような内容になっていない。問題になっているのは正定攻防戦の砲撃による物的損害、治安悪化による略奪被害の損害をどう補償するかであった。

 北京での慰霊ミサや慰霊碑建立についての取り決めにおいても日本軍による責任ととられないように一定の注意が払われている。もっとも、ド・ヴィエンヌ司教の言によれば、日本を不確かな情報によって非難するより、現実的な補償問題とこれからの軍事的保護の方がはるかに重要な問題であったのだが。

 日本軍内にも包囲されて逃げ場を失った中国軍敗残兵による略奪ついでの拉致とする憲兵隊の説と、殺害が明らかになったあとに現地で調査をした横山少佐による共産匪犯行説とがあるように見えるが、いずれにしても元々は正定防衛の任についていた中国軍将兵であることには変わりがない。身代金要求もせず、ヨーロッパ人だけを選別して殺害し、目撃されることなく日本軍警備線を越えて逃走した武装集団の「目的意識」に注目したのが共産匪犯行説であろうと思われる。実際に同じようなキリスト教会襲撃は共産主義者によってたびたび引き起こされていたからである。

▼今回の出版の意味

 拙著『「正定事件」の検証─カトリック宣教師殺害の真実─』(並木書房)では、列福運動を推進するオランダのシュラーフェン財団が持ち出してきた証言や手紙の断片だけでなく、「日本軍犯行説」の不確かさをフランス外交文書と日本側記録から検証している。とくに殺害の動機とされて流布された「慰安婦動員阻止・身代わり」説については徹底した反駁をしている。加えて支那事変に至るまでの中国大陸の複雑な状況を、できるだけ分かりやすく解説することで当時の人々の感覚に少しでも近づけるように努めた。さらに公正を期すため外交文書や修道院報告を掲載した。

 この研究は、本を出版し成果を発表することがゴールではない。これは闘争の始まりなのである。拙著はそのための小さな武器に過ぎない。あとは日本人自身が自らの問題として疑問を持ち、世界に対し公正さと正義の実現を求めて奮起しなければこの問題は解決しないだろう。確かに「福者」の認定について我が国が介入することはできないが、正定事件の検証と自らが考える真相を世界に訴えることはできるはずである。バチカンが正当な判断を下したとしても、現在の通説に対抗したものを打ち出して克服しなければ、今度はユネスコや教科書など別の舞台で日本の名誉を汚す運動が続いていくからである。

 我々は自由な国民である。外国の操作によって過去に束縛される奴隷になってはならない。生まれながらにして不名誉を背負ういわれはない。

私はこれからの世代のためにも戦勝国が望む呪縛から解放される明るい未来を夢見たい。この夢を大勢の日本人が共有し、自信をもって闘争に努めるなら、必ず真の自由と独立は日本人のものとなるはずだと私は信じている。


 最後のなりましたが、メルマガ読者の皆様、4回にわたり連載にお付き合い下さり、誠にありがとうございました。また宮崎正弘様には重ねて御礼申し上げます。

宮崎正弘の国際ニュース・早読み <<ウィグル西部で何が起きているか? (2017年12月19日発行) | 宮崎正弘の国際ニュース・早読み - メルマ!

評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 平成29年(2017)12月19日(火曜日)弐         通巻第5556号    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  ウィグル西部で何が起きているか?   500メートルごとに武装警官、ウィグル独立武装集団を警戒 ****************************************  2016年に新彊ウィグル自治区の治安対策費は前年比50%増の68億ドルに達していたことが分かった。およそ7700億円弱。いったい何故これほどの巨額が治安対策に必要なのか?    最近、AP記者が現地入りして取材した結果、あちこちの家庭から、留学帰りの若者が「蒸発」していることが判明しているという。とりわけエジプト留学帰り、米国からの帰還者が理由もなく勾留され、当局に訪ねてもなしのつぶて、おそらく「再学習センター」などの収容所に拘束されていると推測されている。 APは、行方不明の若者が数千に及ぶと書いている。  とくにウィグル西部のホータン(和田)、クチャ(庫車)では500メートルごとに武装警官が立ち、いきなりの荷物検査。交通警官も武装している。  2009年のウィグル暴動では、ウルムチを中心に、武装した漢族に虐殺されたウィグル族は200名にのぼり、かなりの数がとなりのカザフスタンなどに逃亡した。  また「東トルキスタン独立」を叫ぶ勢力は地下に潜り、一部はISに合流し、シリアで武闘訓練を受けた。その一部がアフガニスタン経由で、新彊ウィグル自治区へ潜入し、武装闘争を準備していると言われ、中国の警戒はより一段と厳しさを増している。  ワシントンに本拠を置くラビア・カディール女史の「ウィグル会議」は平和的手段を訴えているが、ウィグル族は団結しないうえ東部と西部では種族が異なるため、組織的団結力が弱い。ドイツのミュンヘンやトルコ

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正定事件の真実

1937年(昭和12年)10月に中華民国河北省正定で発生した、ヨーロッパ人宣教師拉致殺害事件の真相を究明するサイトです。写真はシュラーフェン財団ホームページより引用。

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